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FILLMORE MOSRITE SUPERNOVA BLOG 第68号

MOSRITE INFO | 2010年06月30日 15:14

~INTRODUCTION~
♪フィルモア・モズライト・ファンの皆様いかがお過ごしですか♪
「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」今回は第68号の配信です。毎月2回の更新で皆様にフィルモア・モズライトの色々な情報を発信していきます。今号から第70回までの3回は、先日モズレー・ファミリーとの出会いの為に訪れた“アメリカ・テネシー州ナッシュビルへの旅”…名付けて「ヴィジット・ナッシュビル ハートフルツアー・スペシャル」と題していつものスーパーノヴァ・ブログとは違うスペシャルな内容でモズライト・ブログリーダーの皆さんへお届けします♪♪♪モズライト・ファンなら要チェックの内容ばかりですので毎回の更新をお見逃し無く。それでは早速参りましょう!!!
♪PLEASE ENJOY SUCH A WONDERFUL & EXCITING MOSRITE WORLD AS MUCH AS YOU CAN♪

※ 今月(2010年6月)より「モズライト・スーパーノヴァ・ブログ」は月2回の更新になりました。よりホットで内容の濃いブログにして参りますので宜しくお願いします。次回第69号「ヴィジット・ナッシュビル ハートフルツアーSP ~中篇~」の更新は7月9日(金曜日)の予定です。なお更新日は変更になる場合があります。その場合は当コーナーにて随時お知らせしますので要チェック!!!

① ホット・インフォメーション HOT INFORMATION ※不定期更新となります。
(その1) 「モズライト日本上陸45周年記念リミテッド・モデル」いよいよ3月から続々とリリース!!!お待ち兼ねの第7弾は・・・きらびやかなアクア・グリーンカラーの美しい「マークⅠ・ザカスタム45 リミテッド・モデル」が登場しました!!!★只今フィルモア メイン・サイト特設ページにて好評公開&発売中★残りあと1本のみとなりました!!!
 今年2010年、モズライトが日本に初めて登場してから45周年を迎えました。フィルモア・モズライトではこれを記念して魅力的な素晴らしい「モズライト日本上陸45周年記念」リミテッド・モデルを次々と発表してまいります。お待ち兼ねの第7弾は・・・「マークⅠ・ザカスタム45 リミテッド・モデル」の登場です。重厚感あるマークⅠボディーにきらびやかなアクア・グリーンのカラー、ネック幅41mm&スリム・ネックを採用しておりとても弾き易い仕上がりになっており、ピック・アップにはUSA用「V-65」のホワイト・カバータイプを使用、ルックス&サウンド共にモズライトを十二分に感じることの出来る素晴らしい“逸品”に仕上がっております。「45周年記念モデル」に相応しい一本、超少量限定生産のリミテッド・モデルですので今が入手のチャンス!!!詳細は下記リンク「モズライト日本上陸45周年特設インデックス・ページ」へお進み頂き、各モデルのリンクをクリックしてご覧下さい♪♪♪
「モズライト日本上陸45周年記念 リミテッド・モデル」特設インデックス・ページはここをクリックしてご覧下さい。

(その2)モズライトの「聖地」・カリフォルニア州ベーカーズ・フィールドのダイナ・モズレーから日本のフィルモア・モズライト・ファンへ素敵な“プレゼント”が届きました!!!
USAモズライト・オリジナル マーク-Ⅰ1964年型リイシュー・カスタム ~ザ・カラフル・スパークリング・スペシャル・オファー・セール~

 今回モズライトの「聖地」アメリカ・カリフォルニア州ベーカーズ・フィールドの「ダイナモ・ファクトリー」で日々頑張っているダイナ・モズレーから皆さんへカラフルで素敵なモズライト・ギターの“贈り物”が届きました!!!1964年型リイシュー・カスタムモデルを基に、ボディー&ヘッド部分など全てにオール・スパークル(ラメ塗装)を施し、ダイナ・モズレー謹製のハンド・メイドピックアップである“DANA-MO PICKUP(ダイナモ・ピックアップ)”をホワイト・カバーで搭載、もちろん‘64年モデルの特徴であるセル・バインディング&トップ・ジャックを完備、とモズライト・ファン垂涎のリミテッド・モデルが彼女より届きました。モズライトのリミテッド・モデルをお探しの方や皆とは一味も二味も違う個性的なモズライトをお探しの方必見!!!※当セールは終了しました。

(その3) ★今年もこの季節がやって来ました★ 「第6回 モズライト・チャリティー・ライブ ~サマー・タイム チャリティー・ライブ・フェスティバル~」 7月11日(日曜日)に三鷹市公会堂にて開催!!!

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 お待たせしました!!!フィルモア・モズライト・ファンお待ち兼ねの毎年恒例「モズライト・チャリティー・ライブ」今年は第6回目を迎えタイトルも新たに“ ~サマー・タイム~ 6th チャリティー・ライブ・フェスティバル2010”と題して、ファンの皆様に「モズライト・サウンド」に包まれた至極の一時をお送りします。
※当イベントは終了しました。

② DANA‘S MOSRITE DIARY FROM BAKERS ダイナ・モズレーのベーカーズ・フィールド便り 第12回 ☆ヴィジット・ナッシュビル ハートフルツアーSP編☆ ~Such a wonderful & memorable weekend in Nashville ~ ナッシュビルでの素晴らしく、そして思い出に残る週末のお話

 モズライト・ファンの皆さんいかがお過ごしですか!!!お待ち兼ねの「ダイナのベーカーズ・フィールド便り」☆今回は「ヴィジット・ナッシュビルSP」☆何とダイナもカリフォルニア州ベーカーズ・フィールドよりはるばるテネシー州ナッシュビルを訪れて私達と合流し素敵な時間を共に過ごしました。その時の彼女のメッセージが早速届いたので早速読んで見る事にしましょう♪♪♪

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<ダイナから皆さんへのメッセージ訳文>
2010年6月 #3 ダイナの日記

皆さんご機嫌いかがですか、
先週末私はとても素晴しい週末を過ごす事ができました。遊佐夫妻、そしてジロー・オカベ氏、そして私とで、私の叔父であるアンディー・モズレーといとこのマーク・モズレー両人を訪ねてテネシー州ナッシュビルに行ってきました。そこではとても素晴しい時間を過ごす事が出来ましたよ。

 ナッシュビルに到着し、まず私達一行は素敵な夕食を共にしました。そして次の日、いよいよアンディー叔父さんといとこのマークに会うため彼らの家へと向かいました。そこでは数時間もの間色々な話に花が咲きました。アンクル“エイ・ジェイ”(私達家族は彼の事をこう呼んでいます)はまだ創立したての頃のモズライトや私の父(セミー・モズレー)の写真を沢山私達に見せてくれて、次に自分のコレクションの中から非常に希少なヴィンテージの道具類や(モズライトの)パーツ等を持ってきて見せてくれました。こう言った昔のパーツ類を眺めながら記憶の断片を振り返ると懐かしい思い出が蘇ってきて非常に楽しい一時でした。その晩はエイ・ジェイ叔父さん、いとこのマーク、マークの奥さんのドンナ・モズレーさん、遊佐夫妻、ジロー・オカベ氏と私の皆で夕食を共に頂きました。それはもうとても素敵な時間でしたよ。

 次の日の朝、私達はいとこのマークと朝食を共にしました。彼はナッシュビルの市内にとても素敵なレコーディングスタジオを持っていて、朝食の後早速私達をスタジオへと案内してくれました。彼自身もレコーディングしている曲を何曲かその場で弾いてくれましたよ。プロのミュージシャンが使っているレコーディング・スタジオを探索するのは非常に興味深い事ですね。スタジオ見学の後、私達はその週末ちょうど偶然同じ時に行われていたSUMMER NAMM(※サマー・ナム:米国最大級の楽器フェア「NAMM SHOW(ナム・ショー)」の夏開催版)に向かいました。そして一通りショーの中を歩き回った後再びアンディー叔父さんの家へ戻り、話が始まりました。その時も又、楽しい笑い話や泣ける話・・・沢山の話で盛り上がりました。これらの物語が又私の記憶を蘇らせます。その後は皆で夕食へ向かいました。その晩は、私達家族とも非常に親しい友人のエレイン・フィリッツエル氏も加わりました。何と彼女はスタジオ・ミュージシャンとして名誉ある賞である「マール・トラヴィス・ライフタイム・アチーブメント・アワード賞」を受賞しました。おめでとうエレインさん!!!私は彼女の事をとても誇りに思っています。

 楽しい時間はあっと今に過ぎて行くものですね・・・遊佐夫妻は故郷の日本に戻る時間です。この週末は間違いなく私の中で一生忘れられない時間になりました。

次回はより多くの事を皆さんにお話したいと思います。

モズライト・フォーエバー
ダイナ・モズレー

ダイナ・モズレーと共に涙して、時には互いに笑い合ったこのナッシュビルでの3日間は、振り返ればショート・ステイでしたが充実した時間を過ごす事が出来、この「旅」は私達の人生の中で又一つ素晴しい人達との「出会いの1ページ」を増やしてくれました。本当に感謝の気持ちで一杯です。最愛なる友、ダイナ・モズレー本当に有難う!!!

Thank you from our bottom of heart, Dana, for such warm-hearted messages for us & all Mosrite fans & lovers!!!

次回はダイナからどんな便りが送られてくるでしょうか・・・次回の便りも楽しみに待つ事にしましょう。♪♪次回もどうぞお楽しみに♪♪

③ ☆ヴィジット・ナッシュビル スペシャル・コンテンツ☆
~TRUE STORY OF MOSRITE~ モズライト・ストーリー“真実を追って” 第1回・プロローグ -モズレー兄弟(アンディ&セミー)、そしてモズライト誕生にまつわる「秘話」-

 MOSRITE(モズライト)…何とも不思議で魅力のある響き、そしてこの「MOSRITE」が誕生して約半世紀もの時が過ぎたにもかかわらず、現在でも我々中高年のエレキ・ファンを虜にし続けているモズライト・ギター…もちろんこの優美なデザイン、完成しつくされたサウンド、そして弾き易いネック、と様々な魅力を持つモズライト…
 ここ近年我々エレキ・ファン世代がいよいよ60歳を迎えて、憧れのモズライトを手に入れた方や、退職を機にこの憧れのモズライト・ギターを弾いてみたい、と相談に来る方、あの時手に入れられなかった“夢のモズライト”をご家族からのご褒美にお父さん、そしてお祖父さんへ「ご苦労様」の気持ちを込めてプレゼントされる方が増えてきました。ご家族の方や長い間連れ添って一緒に頑張ってきた奥様に「60歳を迎えて何かプレゼントが欲しい?」と聞かれ、この時とばかりに「長年の夢であったモズライト・ギターが欲しい」と言うと、とりわけ奥様から「私達家族の為に長い間働いてくれてありがとう、これからはあなたの好きな趣味であるギターを弾いたらどうかしら」と言ってくれるそうです。ついでに奥様からのもう一言で「ボケ防止にもなるし(笑)」と余計!?な一言もあるそうですが…こんな相談が頻繁になってきたここ数年、そんな私も60歳を迎え、その60歳の記念に何をするべきか、を考えたのです。私の「ヴィンテージ・モズライト・コレクション」もピーク時には140本ものモズライトが集まった事もありました。そんなモズライトを所有する事よりも、このモズライト・サウンドで曲を「60曲」作曲してみよう!と思い、現在までで56曲が完成しました。60曲まであともう一息です。60曲完成した暁には皆さんにCDにしてプレゼントする「約束」をしていますから、どうぞ皆さん今しばらくお待ちください。

 さて、私とモズライトとの出会いは1976(昭和51)年、4本のモズライトを手に入れた時からになります。当時は本当に「ビブラミュート」と「モズレー」の違いもあまりわからず、当時モズライト仲間だった長沢さんや峰岸さん、そして服部君達とモズライトを見せ合っては自慢話に花が咲いたものでした。そして1981(昭和56)年3月、テキサス州ダラスのギター・ショーで始めてセミー・モズレーに出会ったのです。ヴィンテージ・モズライトにしか興味が無かった私にとって、この出会いはほとんど私の中で印象に残らなかったのです。

 時は走馬灯のように流れ去り、ここ昨今ではコンピューターやらインターネットやらを通じて色々な情報が流れ、この「モズライト」にしても色々な“噂”や“怪情報”が氾濫し、そして金目的だけの業者が参入してきて、せっかく一度はほぐれた糸をきれいに出来たものの「真」のモズライト・ファンの皆さんを再び困惑させるような状況になってしまっているのです。上でも述べたとおり私は丁度60歳を迎えた際に一体何をすべきか、を考えました。そんな中でモズライトに関わり始めてから今日まですっと疑問に思っていた事があるのです。それは何かと言うと…「本当のモズライト・ストーリーを追ってみる事」なのです。今までも数々の書物等でモズライトにまつわる事を取り扱ったものがありましたが、それは上辺の表から見たモズライト・ストーリーを更に「フィクション化」されたものばかりでした。「物事は全て表から見たら、裏からも見てみる」これが私の主義です。未来の為にも過去を振り返ってみてみる…そこに「真実」が見えてくるのです。私も過去皆さんに私の知る知識の範囲内で色々とお伝えして参りました。そして今回この~TRUE STORY OF MOSRITE~ モズライト・ストーリー“真実を追って”と題して、これから3回に分けて皆さんに本当のモズライト・ストーリーをお伝えしたいと思います。まずは皆さんにモズライトの歴史がスタートする貴重な一枚の写真をご紹介しましょう。

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 さあ皆さん、「モズライト・ストーリー」のスタートです。この写真の右に写っているのがセミー・モズレー(Semie Moseley)、そして左側に写っているのは兄のアンディー・モズレー(Andy Moseley)。そうです、モズライトの創立者「モズレー兄弟」です。更に興味深いのは、この写真から遡る事百数十年前、モズレー一家のルーツは何とインディアンだったのです。かの有名な「アパッチ」、「コマンチ」、「スー」、「チェロキー」と言った色々なアメリカン先住民族の中にあって、現在のオクラホマ州に住んでいた「Chickasaw(チカソー族)」の末裔であり、祖先は何とこの一族のガバナー(酋長)セミーアン・モズレーだったのです。時は1933(昭和8)年、モズレー一家に長男のアンディーが誕生、そして2年後の1935(昭和10)年セミーが誕生したのです。音楽好きな一家で育ったモズレー兄弟、ここにギターに対する関心が益々開花していったのです。

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少年時代のモズレー兄弟 兄・アンディーと弟・セミー

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父のジョン・モズレーと息子達の微笑ましいワン・ショット

 時は流れ1952(昭和27)年、モズライトの誕生です。翌年1953(昭和28)年にモズレー兄弟はジョー・メイフィスと出会い、そしてモズライト史上初めてのアーティスト・モデル“ジョー・メイフィス ダブル・ネック”を1954(昭和29)年ついに完成させたのです。

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ジョー・メイフィス ダブル・ネック

 そしてアンディーが自宅のソファーに座って持っている(下記の画像参照)のが1953(昭和28)年に作り上げた最初のソリッド・ギターで、ヘッドのデザインが何ともユニークです。そしてその輝きは今でも光り輝き続けています。

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モズレー兄弟製作によるモズライト史上初めてのモズライト・ソリッドモデル

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ヘッドには「MOSRITE」のロゴ いかにもハンド・メイドさを感じさせるユニークなデザインは今でも色あせる事無く光り輝いている

 こうしてアンディー&セミーのモズレー兄弟はモズライト黄金期への階段を駆け上がっていったのです。

 スペシャル・コンテンツ~TRUE STORY OF MOSRITE~ モズライト・ストーリー“真実を追って”次回は「第2回 モズライトの黄金期&“ベンチャーズ・モデル”の誕生」ベンチャーズ・モデル誕生の“秘話”や、アンディー・モズレーのインタビュー等の特集です。どうぞお楽しみに!!!

④ SINCERE MESSAGE FROM FILLMORE MOSRITE
 「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」第68回「ヴィジット・ナッシュビル スペシャル~前編~」、皆様お楽しみ頂けましたでしょうか。今回の「シンシア・メッセージ」はフィルモア・エグゼクティブプロデューサーから皆さんへのメッセージです。

 フィルモア・モズライト・ファンの皆さんジメジメとした蒸し暑い毎日が続いておりますがいかがお過ごしですか。この様な季節は体調を崩しやすいですのでどうぞ健康には気をつけてくださいね。
 さて私達は先日、ダイナ・モズレーを初め“真”のモズライトの継承に向けて惜しみない協力をしてくれている「もう一人のモズライト・ギター創設者」であるアンディー・ジャスパー・モズレー氏とそのご家族に会うためにアメリカ・テネシー州ナッシュビルの地を訪れました。今回そこではモズライト・ギター設立時の若き日のセミー&アンディー・モズレー氏の“心暖まる”昔話を聞く機会に恵まれました。是非モズライト・ファン、そして当ブログ・リーダーの皆さんへお伝えしたいと思います。

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少年時代のアンディーとセミー・モズレー兄弟の写真

・Andy Jasper Moseley (Uncle “AJ”) アンディー・ジャスパー・モズレー(アンクル「エイ・ジェイ」) ※uncleアンクル=英語で「おじさん」の意味
 モズライト・ギターの「もう一人の創設者」であり、セミー・モズレーの実兄であるアンディー・モズレー氏・・・かねてからの私達の強い希望であった彼と今回私達は会う為にアメリカ・テネシー州ナッシュビルに向かいました。まずはシカゴまで約12時間のフライト、そこから更に国内線を乗り継ぎ1時間数十分、ようやくナッシュビルの空港に降り立つと・・・その日の現地の気温は華氏97°(摂氏約36℃)・・・まだ6月だと言うのに私達は真夏の、それも大陸特有のうだる様な暑さに遭遇しました。ナッシュビルでの丸々3日間の滞在で私達は朝から夜晩くまで本当に楽しくウィット(機知)に富んだ、心暖まる古き良き時代の貴重なお話をアンディー・モズレー氏から聞く事が出来ました。

 まず着いた日の翌日、私達は中東部の緑の多いアメリカを代表する様な佇まいの中に、木々に囲まれ静かに建つアンディー・モズレー邸を訪れました。玄関のドアの中央部には、その日を待ちわびてくれているかの様に“WELCOME OUR SWEET HOME (私達の素敵な邸宅へようこそ)”と書かれた可愛らしいクロスステッチのサンプラーによるメッセージ・カードがさりげなくかけてありました。彼が玄関に現れ、家の中に通され皆でダイニングにある大きな楕円形のテーブルを囲み、いよいよモズライトに関わるお話がスタートしました。私がなにより一番に興味を持った所は、モズライト・ギターの話もさることながら、今まで思ってもみなかった程ウィット(機知)に富んでいたアンディー・ジャスパー・モズレー“おじさん”(アンクル エイ・ジェイ)の「人柄」でした。1992(平成4)年、セミー・モズレーが亡くなった直後にアーカンソー州・ブーンビルの工場でお会いした時以来でしたので、あの時彼に対してちょっぴり繊細でとても神経質なイメージを持っていた私は、今回彼に「再会」出来た事でそのややミーン(マイナス的)なイメージを振り払う事が出来ました。その事は私にとって紛れも無く最高に幸せな出来事でした。
 幼い頃にセミーと二人で街中までシュー・シャイニング(靴磨き)の仕事に行っていた事、ニュース・ペーパーのデリバリー・ボーイ(新聞配達員)をやって小銭を稼いだ時の話、自分自身のミドル・ネーム“Jasper”の笑い話や、セミーがプロ・ボウラーを目指していた事やアメリカン・ヨーヨーコンテストのワールド・レコードに挑戦し、ギネス・ブックの人を自分の家に呼びつけた時の話(セミーはギネス記録を一旦は出したのだがすぐさま追い抜かれてしまったそうです)や若い頃セミーが17歳でヴァージーと結婚し自分(アンディー)は年上なのだから、と言う理由から19歳で結婚してしまった話、最初の頃セミーとヴァージーの2人(カップル)と一緒に4人で住んでいた事、等々・・・さまざまな面白い“秘話”を聞かせてくれました。とりわけこの4人がモズライトの誕生時に大いに係わり、又協力し合った事は非常に興味深い話でした。本当に暖かな気持ちが伝わって来て私は涙してしまいました。その時に関係する何枚かの写真を皆さんにお見せしたいと思います。

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アンディー・モズレー邸の写真

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セミー・モズレーのボウリング大会での写真

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若かりし頃のセミー(左)後部にギターを持って立っているのが妻のヴァージーで持っているギターは彼女の為に特別に製作したスリム・ネックギター
 
 アンディーのきめ細かな技術力、そしてセミーの生まれながらに持ち合わせていた抜群なセンス・・・この果敢な2人の少年こそが、後にこのモズライト・ギターを幾度と無く試行錯誤しながら見事なギターへと完成させていく事になるのです。
それでは今回はこの辺で。この続きは次回の「モズライト・ブログ」で皆様にお伝えします。次回もどうぞお楽しみに!!!

I enjoyed such wonderful Mosrite “secret & interesting” stories & tales from warm-hearted Mr. Andy “Jasper Moseley this time. Now I wonder the young Moseley brothers, Andy & Semie, who had tried hard to do a lot of things in order to build wonderful guitars in their young ages, and their dream finally came true in 1952 as Mosrite guitars with their “built-in-soul” mind into them!!!


Yukie Yusa
Executive Producer

※ 今月(2010年6月)より「モズライト・スーパーノヴァ・ブログ」は月2回の更新になりました。よりホットで内容の濃いブログにして参りますので宜しくお願いします。次回第69号「ヴィジット・ナッシュビル ハートフルツアーSP ~中篇~」の更新は7月9日(金曜日)の予定です。なお更新日は変更になる場合があります。その場合は当コーナーにて随時お知らせしますので要チェック!!!

ラストは恒例の「レッツ・ゴー締めで」~チャチャッチャチャチャ、チャチャチャチャ レッツ・ゴー!!! では又次回第69回の「モズライト・スーパーノヴァ・ブログ ヴィジット・ナッシュビル・スペシャル ~中篇~」でお会いしましょう~♪

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