MOSRITE INFO | 2008年11月14日 16:25
~INTRODUCTION~
フィルモア・モズライト・ファンの皆様いかがお過ごしでしょうか!!!
「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」今週は第13号の配信です。毎週金曜日に更新で、「ホット・インフォメーション(HOT INFORMATION)」と「MOSRITE GRAFFITY(モズライト・グラフティー)」の2本立てで皆様にフィルモア・モズライトの情報を発信していきます。ホット・インフォメーションではフィルモアメインホームページにも載らない“超HOT”な情報が発信されたりもします!!!又、「モズライト・グラフティー」のコーナーでは我らがフィルモア社長・遊佐典之とモズライトとの関わりを簡単なモズライトの歴史を交えながらお送りする連載企画!そして、好評のコーナー☆「社長の知恵袋」☆このコーナーでは我らがフィルモア社長・遊佐典之がエレキに関する「何でもストーリー」を中心に、ブログ・リーダーの皆様の為になるモズライトの全て(プレイ方法、「完コピ」の仕方、ギター管理の方法、簡単なリペア、等)を色々な角度から皆様に配信します。どちらもモズライト・ファンなら要チェックのコーナーですので毎週の更新をお見逃し無く。それでは「フィルモア・モズライト・ブログ」第13回スタートです! HERE WE GO~♪♪♪
① ホット・インフォメーション HOT INFORMATION
・ フィルモア秋のセール2008「モズライト・ハッピー・フェスタ」第4回・ファイナルは来週11月20日(木曜日)頃より開催予定です♪♪♪
フィルモア・モズライトファンお待ちかねの秋のセール、次回第4回ファイナル(最終回)は11月20日(木曜日)頃からのスタートを予定しております。今回の目玉は・・・あの日本上陸40周年記念モデル“グラマラス2005”や、レアーな1964年型タイプⅠ(前期型)「チェリーバースト」等々のフィルモア厳選のモズライトが登場します。当ブログと共にフィルモア・メインサイトも要チェックですよ♪ご期待下さい♪
・ ☆東北地方の皆様お待たせいたしました!!!「ザ・モズライターズ」杜の都仙台に上陸、「モズライターズ・スペシャル・ライブ・イン・トウホクオトナパーク2008」 開催情報☆
東北地方の皆様長らくお待たせ致しました♪モズライトをこよなく愛するライブ・バンド「ザ・モズライターズ」が来る2008年11月23日(日曜日)に仙台・夢メッセみやぎにて開催の「とうほくオトナパーク2008」イベントのステージでライブを行います!!!1960年代にタイム・スリップしてパワフルなモズライトの「生音」を体感できる至極の時間をお楽しみ下さい。又「とうほくオトナパーク2008」イベントでは充実したセカンドライフを送る為の色々な分野やテーマに沿った内容のイベントが行われます。入場無料!!!当日は是非会場へお越し頂き、パワフルなモズライトのサウンドを目で、耳で、体で触れて感じください。皆様のお越しをお待ちしております。
「ザ・モズライターズ」ライブは11月23日(日曜日)12:00PM~の開演を予定しております。
~ とうほくオトナパーク2008 ~
※当イベントは終了しました。
開催日時: 2008年11月22日(土曜日)・23日(日曜日) 10:00AM開場
会場: 夢メッセみやぎ
入場料: 入場無料
お問合せ先:
仙台放送 TEL:022-268-2174
とうほくオトナパーク実行委員会 TEL:022-716-0610
とうほくオトナパーク2008イベントサイトはここをクリックしてご覧下さい
② モズライトグラフィティー MOSRITE GRAFFITY 第13回
~ モズライト社・苦難の1980年代・パートⅡ セミー・モズレーに更なる悲劇が襲う ~
今回は前回(第12回)の「グラフィティー」から話は続きます・・・1983(昭和58)年3月、それは私にとって突然の出来事でした。セミー・モズレーが数人の日本人業者と共にフィルモアを訪れたのです。そして私の「モズライト・コレクション」、「モズライト・ルーム」を見て感激していました。それまではアメリカでのヴィンテージ・ギターショーでセミーに会っても、彼から買い付けたモズライトは1本もありませんでしたので、彼からまずは「どこでこれだけのモズライト・ギターを集めたのか」と言う質問を受けました。特にショーケースの中、中央に掛かっていた1963年型の“7号機”を見てビックリ、手にとってじっくりと見入っていました。そして、モズライト社もノースカロライナ州のジョナス・リッジに移り、新しい工場で再スタートしたので是非取り扱ってほしい、と頼まれたのですが、この手の新しいモズライトには全く興味が無い、と断ったのでこの時彼らは早々に帰っていった事を覚えています。

USAモズライト 1963年型“7号機” ギター画像 (シリアル#:0007)

「モズライト・ルーム」正面のショーケース 中央に1963年型“7号機”が写っている
その新しい工場は、実は廃校になった小学校の教室を工房がわりにして「再スタート」したモズライト社でしたが、何とこの年1983(昭和58)年11月に火災に見舞われてしまうのです。そしてこの火災により工房の全てが焼けてしまったのです。当時のモズライト社にしては相当の数のギターが焼けたと聞いています。前述の「交通事故の惨劇」と、今回の火災事故と災難が続き、セミーは立ち直る事が出来ない程どん底まで落ちてしまいました。従って翌1984(昭和59)年のヴィンテージ・ギターショーでは彼と会う事は出来ませんでしたが、ショーにいた多くのディーラー仲間達の間では、この火事について色々な憶測が流れていました。
時は過ぎ、1985(昭和60)年4月3日、セミー・モズレーが今度は4番目の妻であるロレッタ夫人とエンジニアを伴い3人で再び突然フィルモアを訪れたのです。

1985年4月 セミー・モズレーと4番目の妻ロレッタ夫人がフィルモアに来店した時の写真 この時私の持っていたモズライト・アルバムにサインしてくれたのです。
突然の来店に再びビックリした私も彼からの話をよく聞いてみると・・・ジョナス・リッジの火事で全てを燃やしてしまった為、モズライトの設計図が一つも残ってないので色々と協力をしてほしい、と懇願されたのです。まずは店内のスタジオで1963年型モデルと1965年型モデルの図面をとらせてほしいとの事、私も協力して‘63年型と‘65年型のスペックを細かく、何時間もかけて教えてあげたのですが、今になってもこの事は私にとって不思議な出来事として残っています(※この時の写真があるのですが、見つかり次第当「グラフティー」のコーナーで掲載したいと思います)。なぜならば、ここで図面をとっているのは他でもないモズライトの創設者セミー・モズレーなのですから・・・ダイナ・モズレーは父セミーから1980年代にフィルモアを訪れた時の事を次の様に伝え聞いたと言っていました・・・「フィルモアの遊佐典之は非常にジェネラス(寛大)でヒューマン・パーソン(人間味のある)であり、モズライトの知識も熟知していた」と、その当時を思い出して語ってくれました。
そして翌1986(昭和61)年3月、アメリカテキサス州のヴィンテージ・ギターショーで初めてセミーからモズライト・ギターを購入する事になりました。そのモデルが何と「セレブリティー・モデル」、そしてその値段はと言うと$2000・・・たぶん当時の日本での価値は30万円位で、ギブソン社の「175」に対抗してモズライトの最高峰に君臨する“フラッグ・シップ”モデルであり、ハムバッカー・ピックアップを2個搭載、フェンダー社的に言えば「ジャガー・モデル」に匹敵する最上位機種なのですが、音が今一つ何とも言えません・・・しかしながら何と言ってもセミー・モズレーのコレクションですから、今でも大切に持っています。


(上2枚)セミー・モズレーから初めて買ったモズライト“セレブリティー”モデル 画像
<次回予告> モズライトの再起をかけた“1988モデル”が登場、そしてモズライトの「後継者」である実娘ダイナ・モズレー、そして息子のブライアンにも期待を寄せるセミー・モズレー等・・・次回もお楽しみに♪
③ 「社長の知恵袋」 ~モズライト・オヤジ達に送る青春のラプソディー~
第9回 ☆1980年代パートⅢ・・・モズライトバンドがいよいよ始動!!!「モズライト・オーナーズ・クラブ」設立の経緯をお話しましょう☆
セミー・モズレーの「フィルモア初来訪」の時のお話は、「グラフティー」の方に載せましたので今回の「知恵袋」は、「モズライト・オーナーズ・クラブ」の結成に至る話から始めて行きたいと思います。セミー・モズレーが図面取りの事でフィルモアに来訪した1985(昭和60)年4月、そしてその翌月(5月)に大高氏(現在の「ザ・モズライターズ」リズム・ギター担当)と小林氏(「K’sベンチャーズ」のリードギター)の2人がフィルモアの「モズライト・ルーム」にやってきました。この時を起点にオヤジ達の「モズライト・青春のラプソディー」が始まるのです。もう今から23年も前の話になります。当時楽器店各所を回ってモズライトを探す事自体大変な時期であり、仮に見つかってもコピーまがいの物や「黒雲製」モズライトが置いてあるのが関の山・・・ましてや本物のUSAモズライト社製のヴィンテージ・モズライトがこれ程までに飾ってあるギター・ショップなど皆無に等しかったのです。二人は「モズライト・ルーム」に入るやいなや、目が点になったそうです。2人と会う時は今でも話が大いに弾むこの事で、会話がスタートします。
しばらくは呆然となり、時が経つのを忘れどれ程の時間が経ったか覚えていなかったそうです。ところが当時2人がフィルモアを訪れていた時、私は丁度外出しておりフィルモアにいませんでした。話は逸れますが、この年は今で言う所の「携帯電話」が初めて出来た年で(後ろの形状が半円形の物で本体の色はグレー、アンテナを上へ引っ張るタイプで覚えている方もいらっしゃるかと思います)それまでは自動車電話とか、肩からぶら下げるポータブル電話とかを指していました(今思えばとても「ポータブル」とは呼べない代物ですが)。私もすぐに登録して持っていたのですが、とにかく感度が悪かったのをよく覚えています(これも又「時代」ですね)。話は戻りますが、彼らが来店した時私は銀座におり、社員からこの「携帯」へ電話がはいりました。大高&小林両氏が私のコレクションを譲って欲しいと言っている、と言う内容の電話が入ったのですが、話がよく聞き取れず結局その日は帰ってもらったのです。そして数日が経ったある日(大高本人は来店の翌日と言っていますが)から、大高氏から毎日電話が入り社長のコレクションをわけて欲しい、と何度も言って来るのです。これは断るのが本当に大変でした。実は「モズライト・ルーム」のモズライト・コレクションは、販売の対象ではなく私の趣味のコレクションで売り物ではありません、と説明しても全然聞いてくれません・・・一旦「モズライト・ルーム」を覗いてしまったら、「パンドラの箱」を開けてしまった様なものです。つまりは、多くのモズライト・ファンから見せびらかすだけの「モズライト・ルーム」、とレッテルを貼られてしまった訳です。私もそんな事になっていたとは気づいてもいなかったのです(「若気の至り」と言うやつですね)。良し判った!と、私のモズライト・コレクション100本を一斉に当時の「プレイヤー」誌に掲載し、お客様&モズライト・ファン達に販売したのです。当時の日本は「バブル全盛」の時代、一瞬で全てソールド・アウトに・・・もう大変でした。そんな中、念願の「本物のモズライト」を手にした大高&小林両氏でしたが、次はバンドの結成に向けての練習が始まりました。当時は大高氏がリード・ギター、小林氏がリズム・ギターでした。一応に何でもプレイしていた私を見つけ、是非ベースをやって欲しいと頼まれ、ドラムズはいるのか?と彼らに聞くと、新宿でライブ・スポットをやっている誠さんに頼んであるので一度音合わせをしたい、と言うのです。それならやってみるか!とフィルモアのスタジオでこの4人が集まったのです。

1980年代半ば頃 私のヴィンテージモズライト・コレクションも100本を超えた頃のスナップ

私のモズライト「パールホワイト」コレクション画像 後ろにチラリと見える「モズライト・公認ショップ」のバナーがこれまたカッコ良いのです!!!
次回の「知恵袋」では“幻”のモズライトバンド「ザ・バイヤーズ」結成!そしてベンチャーズ・サウンドを愛する男達のバンド「ザ・ベンチュラーズ」結成の秘話等をお話したいと思います。
今回の「知恵袋」はこの辺で!また次回をお楽しみに!
④ SINCERE MESSAGE from FILLMORE MOSRITE
「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」第13回、皆様お楽しみ頂けましたでしょうか。
秋も深まりフィルモア・モズライトファンの皆様が住んでいる地域は紅葉のきれいな季節になってきた事と思います。さて、来週末・11月23日(日曜日)は我らがモズライトをこよなく愛するライブ・バンド「ザ・モズライターズ」が杜の都・仙台で行われる大人のためのイベント「とうほくオトナパーク2008」内ステージでライブを行います!!!このイベントは「ザ・モズライターズ」のステージ・ライブの他にも、中高年&大人の世代を楽しむ為の楽しいイベントが各種開催されますので近隣の方(もちろん遠方の方も!!!)会場の「夢メッセみやぎ」まで起こし頂ければとおもいます。入場無料&大型駐車場の完備との事ですので、皆様のお越しをお待ちしております。会場で皆様とお会い出来るのを楽しみにしております♪
それでは恒例の「レッツゴー締めで」~チャチャッチャチャチャ、チャチャチャチャ レッツゴー!!!では又来週お会いしましょう~♪