MOSRITE INFO | 2008年11月07日 16:32
~INTRODUCTION~
フィルモア・モズライト・ファンの皆様いかがお過ごしでしょうか!!!
「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」今週は第12号の配信です。毎週金曜日に更新で、「ホット・インフォメーション(HOT INFORMATION)」と「MOSRITE GRAFFITY(モズライト・グラフティー)」の2本立てで皆様にフィルモア・モズライトの情報を発信していきます。ホット・インフォメーションではフィルモアメインホームページにも載らない“超HOT”な情報が発信されたりもします!!!又、「モズライト・グラフティー」のコーナーでは我らがフィルモア社長・遊佐典之とモズライトとの関わりを簡単なモズライトの歴史を交えながらお送りする連載企画!そして、好評のコーナー☆「社長の知恵袋」☆このコーナーでは我らがフィルモア社長・遊佐典之がエレキに関する「何でもストーリー」を中心に、ブログ・リーダーの皆様の為になるモズライトの全て(プレイ方法、「完コピ」の仕方、ギター管理の方法、簡単なリペア、等)を色々な角度から皆様に配信します。どちらもモズライト・ファンなら要チェックのコーナーですので毎週の更新をお見逃し無く。それでは「フィルモア・モズライト・ブログ」第12回スタートです! LET‘S GO~♪♪♪
① ホット・インフォメーション HOT INFORMATION
・ USAモズライト・オブ・カリフォルニア1965年型モデルが揃い踏み!!!フィルモア秋のセール2008「モズライト・ハッピー・フェスタ」第3回が好評開催中です♪♪♪
フィルモア・モズライトファンの皆様お待たせ致しました!フィルモア秋のセール2008「モズライト・ハッピー・フェスタ」セール第3回が11月4日(火曜日)より好評開催中!!!今回のセールはUSAモズライト・オブ・カリフォルニア1965年型リイシューが揃いました。定番の「御三家」カラーからはサンバースト&パール・ホワイト、そしてレアーなカスタムカラーのインク・ブルー、そして滅多に見られない激レアカラーのメタリック・ブルー、そして何とT型アームを標準マウントのオールブラック、どれも1本限り早いもの勝ちですのでお探しの方&気になった方は今すぐ下記リンクをクリックしてご覧下さい。
※当セールは終了しました。
② モズライトグラフィティー MOSRITE GRAFFITY 第12回
~ モズライト社・苦難の1980年代 & 私とセミー・モズレーとの出会い ~
今回の「グラフィティー」は、1980年代初頭のモズライト社の話、そして私とセミー・モズレーとの出会った時の話をしたいと思います。‘70年代後半は日本からのオーダーに頼りながら何とか継続してきたモズライト社・・・そして1980年1月セミー・モズレーはロレッタと4度目の結婚をすることになります。そしてこれを契機にノースカロライナ州へ移住したのです。この時まさかの惨劇が続々と彼を襲う事になるとは誰が予想したでしょう。ジョナス・リッジの小学校の廃校跡地内教室を工房の代わりにしてどうにかスタートしたセミー・モズレーでしたが、その矢先に不幸な出来事がセミーを襲ったのです。1981年2月、あるパーティーの帰り道、4番目の妻ロレッタが車を運転、セミーはこの時助手席に乗っていました。その帰り道の途中何とロレッタが居眠り運転、そしてハイウェイの側壁へ激突・・・この大事故によりセミーは左足を切断、右手を打撲・・・と何ともいたたまれない悲劇が襲ったのです。その後懸命なリハビリにより右手は何とかギターが弾けるまでに回復しましたが、右足は義足を付ける事を余儀なくされたのでした。
そして、その年1981(昭和56)年10月、テキサス・ヴィンテージ・ギターショーで私はセミー・モズレーと出会う事になるのです。フィルモアUSAはこのギターショーが行われていたコンベンションセンター(とにかく広い会場でした)に2ブース分を借りて出店していました。週末の金曜日から日曜日までの3日間がショーの開催日で初日の金曜日が搬入とディーラーのみの日になり、一般の客は土曜・日曜だけの入場となるので、ほとんどの商談は金曜日に行われて決まってしまいました。そんな中、セミーとの出会いはどの様であったかと言いますと・・・実はあまり印象が良くなかったのです。フィルモアUSAのスタッフと私が我々のブースで待機している所へ、セミーは1本のモズライト(1965年型サンバースト)を持って私の所へ見せに来ました。その時私は彼の右足が義足である事は知らず、ただ足のわるい人なんだな、位の印象しかありませんでした。そしてそのモズライトギターを何と$5000で買ってほしい、と言ってきたのです。しかしこのモズライトギターは事前の情報で、私の知り合いのディーラーが所有しているギターですでに$1800で譲ってくれる話が出来ていたのです。つまり、セミーはこの1本で何と$3200も上乗せして儲けようとしていたのです。そんな事があって最初のイメージは最悪な状況でしたが、私と出会った記念にと、セミーは自分の写真をプレゼントしてくれて私の名前を書いてくれました。こういったフォローが何とも憎めないセミーの人柄でした。これが私とセミー・モズレーとの出会い話です。そして1983(昭和58)年にはまたもや惨劇がセミーを襲う事になります。その話は又次回という事で・・・

セミー・モズレーが私に会った時にくれた写真の一枚。いつも思う事は、セミーは笑顔がとても素晴らしい人でした。そんな彼の笑顔が印象的な一枚です。

USAモズライト1963年型・サンバースト(シリアル#0052) このモズライトギターは1980年代後半のヴィンテージ・ギターショーで、セミーが私と初めて会った時と同じように、私に$10,000で売りつけようとしたのです。実はこのギター、私の友人でケンタッキー州に住むジム・コークローシャーの所有していたもので、すでに$6800で買う話がついていたのです。‘80年代のセミーは、いつも私を見つけてはヴィンテージ・モズライトを私に売りつけようとしていました。
<次回予告> 次回も1980年代のモズライト社&セミー・モズレーと私遊佐典之との関わり等々・・・次回もお楽しみに♪
③ 「社長の知恵袋」 ~モズライト・オヤジ達に送る青春のラプソディー~
第8回 ☆1980年代パートⅡ・・・モズライトバンドがいよいよ始動!!!「モズライト・オーナーズ・クラブ」設立前夜、あの“幻”の渋谷クロコダイル・ライブパーティー秘話☆
今回の「知恵袋」は、前回のグラフィティーで予告していた「モズライト・オーナーズ・クラブ」設立の頃のお話から始めたいと思います。1980(昭和55)年、当時三鷹駅のすぐ裏手(ホームから見える場所、現在はマンションが建っている)から現在の中町1丁目の場所へ移転したのをきっかけに、店舗の奥にショールームを設置し私のモズライト・コレクションを展示した「モズライト・ルーム」をオープンしました。私のモズライト・コレクションもこの頃には100本近くになり、このようなショールームを作って50~70本のヴィンテージ・モズライトを飾ってあったのです。


「モズライト・ルーム」 現在のフィルモア店舗の奥にあった。

私がモズライトを集め始めた初期の頃のモズライト・コレクション画像(1980年代前半頃撮影)
そして1979(昭和54)年も押し迫った頃、あの“幻”の「初代モズライト・オーナーズ・クラブ」が結成されます。なぜ“幻”となるのか、は後ほど話する事として・・・最初はモズライトコレクターである永沢氏、峰岸氏、服部氏と私の4人が中心となって行われたモズライトの「自慢話」大会でした。そんな中モズライトの仲間達が徐々にフィルモアの「モズライト・ルーム」を訪れるようになり、ライブ・パーティーの開催が決定します。あの“幻”のモズライト・ライブパーティー・・・渋谷の「クロコダイル」で開催されたのです。飲み放題&食べ放題で何とチケット¥10,000・・・今では考えられない値段にもかかわらず大盛況で定員40名様限定がすぐにチケットは売り切れ、そして圧巻は入口の展示場には何とヴィンテージ・モズライトが20本以上並べられていました。

“幻”のモズライト・ベンチャーズ・ライブパーティー・イン・渋谷「クロコダイル」チケット画像
ところが私達もまだ当時は20~30代になったばかりの男だけの世界・・・6月10日午後5時にパーティーがスタートすると食べ放題を謳ってあった為か、バイキング形式の料理は一瞬にしてなくなってしまったのでした。程無くして他のお客さん達からクレームが出始まりました。しかたがありません・・・私と長沢氏、峰岸氏の3人で一人¥30,000を調達し、店長のガンさんに頼んですぐに料理を補充、この時点でまだバンド演奏が始まっていません。瞬く間に再び料理がなくなってしまうことを考え、すぐにバンド演奏スタートの指示を出しました。ちなみにこの時の出演バンドは、今は亡き今福さん率いる「ザ・チャーズベン」と高橋さん率いる「ジ・アドベンチャーズ」、ところが今度はこの2バンドの間でどちらがキャラバンを演奏するかでもめ始めました。何とか私が仲に入り「ザ・チャーズベン」はワイプ・アウトを、そして「ジ・アドベンチャーズ」がキャラバンを演奏する事で話が付き、すぐにバンド演奏がスタート・・・ところが2回目の料理も瞬く間に無くなり、お客さんから再びクレームが出始めました。私と長沢氏はもう1円も無く、峰岸氏に頼んでみると・・・さすがお金持ち!!!あと¥60,000あると言うのです。再度店長ガンさんにお願いしてお客さんのお腹を思いっきり満たしてくれそうな料理・・・ピラフと焼きそばとサンドイッチを急遽作って貰い何とか凌いだのですが、これらの料理も又なくなってしまい、早々に「お開き」にした思い出があります。そんな事があって最初で最後の“幻”のモズライト・ライブパーティーでした。後に一世を風靡するあの有名な新モズライト・オーナーズ・クラブが認定される前のお話で、今となっては楽しくほろ苦い思い出話です。次回の「知恵袋」では、セミー・モズレーがいよいよフィルモア「モズライト・ルーム」を来訪、そしてモズライト・オーナーズ・クラブ(M.O.C.)結成時の秘話などをお話したいな、と思います。そして・・・私の「作曲60曲に挑戦」も30曲に達成!!!この中より15曲を選んでレコーディングに入ります。
今回の「知恵袋」はこの辺で!また次回をお楽しみに!
④ SINCERE MESSAGE from FILLMORE MOSRITE
「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」第12回、皆様お楽しみ頂けましたでしょうか。
今日11月7日は暦の上では「立冬」の日です。秋も終わりを迎えて、「冬」の到来、そして2008年もいよいよ後わずかとなってまいりました。でもそんな寒い日にこそモズライトをプレイして、モズライトのパワフル・サウンドで心も体も暖まりましょう♪さて、11月はモズライトをこよなく愛するライブ・バンド「ザ・モズライターズ」が杜の都・仙台に上陸!!!来る11月23日(日曜日)に「とうほくオトナパーク2008」イベントにてライブを行います。仙台近郊の方は是非起こし頂きモズライトのパワフル・サウンドを思う存分楽しんで頂きたいと思います。詳細はフィルモア・メインサイト「カテゴリー3」の“ザ・モズライターズ”コーナー内、又は次週の当ブログ内ホット・インフォメーションのコーナーでお伝えいたしますので今しばらくお待ち下さい。
それでは恒例の「レッツゴー締めで」~チャチャッチャチャチャ、チャチャチャチャ レッツゴー!!!では又来週お会いしましょう~♪