Blog TOP » MOSRITE INFO » FILLMORE MOSRITE SUPERNOVA BLOG 第8回

« PREV

NEXT »

FILLMORE MOSRITE SUPERNOVA BLOG 第8回

MOSRITE INFO | 2008年09月26日 14:43

~INTRODUCTION~
フィルモア・モズライト・ファンの皆様いかがお過ごしでしょうか!!!
「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」今週は第8号の配信です。毎週金曜日に更新で、「ホット・インフォメーション(HOT INFORMATION)」と「MOSRITE GRAFFITY(モズライト・グラフティー)」の2本立てで皆様にフィルモア・モズライトの情報を発信していきます。ホット・インフォメーションではフィルモアメインホームページにも載らない“超HOT”な情報が発信されたりもします!!!又、「モズライト・グラフティー」のコーナーでは我らがフィルモア社長・遊佐典之とモズライトとの関わりを簡単なモズライトの歴史を交えながらお送りする連載企画!そして、好評のコーナー☆「社長の知恵袋」☆このコーナーでは我らがフィルモア社長・遊佐典之がエレキに関する「何でもストーリー」を中心に、ブロク・リーダーの皆様の為になるモズライトの全て(プレイ方法、「完コピ」の仕方、ギター管理の方法、簡単なリペア、等)を色々な角度から皆様に配信します。どちらもモズライト・ファンなら要チェックのコーナーですので毎週の更新をお見逃し無く。それでは「フィルモア・モズライト・ブログ」第8回スタートです!
HERE WE GO~♪

① ホット・インフォメーション HOT INFORMATION
・ フィルモア秋のセール 第2弾は10月初旬に開催予定です!!!
フィルモア・オータム・セール 2008 “ハッピー・モズライト・フェスタ” VOL.2

 フィルモア・モズライト・ファンお待ち兼ねの「秋のセール」!今年の秋のセールはファンの皆様に「モズライトの秋」をハッピーに過ごして頂けるよう名づけて・・・“ハッピー・モズライト・フェスタ”セール第2回ですが、当初9月25日開催の予定でしたが更なるフィルモア厳選のモズライトを出展する為に10月の初旬にスタートが変更になりました。多少遅れてしまいますがフィルモア・モズライト・ファンの皆様に「モズライトの秋」を満喫して頂ける逸品を出展予定しておりますので乞うご期待ください!

・ いよいよあと1ヶ月!「2008楽器フェスティバル」公式ホームページに情報を掲載中です!
 来る2008年10月25日(土曜日)・26日(日曜日)に東京・池袋のサンシャインシティー内で行われる楽器の祭典「2008楽器フェスティバル」、フィルモアも参加&出展いたします!本会場内ブースではモズライトの最高峰モデルUSAモズライト・オブ・カリフォルニア1963年型リイシューモデルから、USA製新シリーズの「モズライト・オブ・USA」アメリカンスタンダード・シリーズは今回AS-1964モデルの「ASH(アッシュ)」バージョンが登場!厳選されたアッシュ材を使ったボディーは見た目にも迫力満点!その他2009年に向けてリリースする新製品も展示予定!もちろん会場ですべて体験できます♪そしてイベント会場では25日(土曜日)に会場内噴水広場にて我らがモズライトを愛してやまないライブ・バンド「ザ・モズライターズ」のスペシャル・ライブも開催!フィルモア・モズライトのパワフル・サウンドを目で、耳で、体で体験できるイベントですので当日は是非会場まで起こし下さい。皆様のお越しをお待ちしております!詳しくは「2008楽器フェスティバル」公式ホームページに情報をアップしましたので是非一度ご覧下さい。
フィルモア・モズライトの本会場ブース番号はエレキギター・アンプコーナー「B-6」番です!!!

2008楽器フェスティバル ~弾いて、吹いて、叩いて! 気軽に楽器体験~
※当イベントは終了しました。

開催日程:2008年10月25日(土曜日)・26日(日曜日)
会場:池袋サンシャインシティー 文化会館2F~5F、噴水広場、及びトヨタアムラックスホール
開催時間:10:00~18:00(2日間共)
入場料金:当日券¥1,000 前売券¥700 ※2日間共通の入場券になります。
※高校生以下、及び70歳以上の方は無料となります。
好評のプレミアム・ギターショウも同時開催!!!
詳しくは下記“楽器フェスティバル公式サイト”をクリックしてご覧下さい。
ここをクリックしてご覧下さい


② モズライトグラフィティー MOSRITE GRAFFITY 第8回
~ 1976年・・・モズライト3度目の復活 & アメリカ建国200周年記念「バイセンティニアル・モデル」が登場 ~

 1976(昭和51)年7月4日、アメリカ合衆国建国200年の記念すべき年、奇しくもフィルモア創立がこの同じ年の6月1日でした。そして、この年は私がモズライトを初めて入手した年(何と4本同時に手に入れたのです)で、初めてモズライトを目にした時(1965年1月)から11年後になります。手にとった時はもう驚きの連続でした。スリムなネック、低いフレット、弦高が低くとにかくバランスが良く弾き易いギターで、アーミングをしても弦が狂わないのです。面白かったのは、その時はまだ「ビブラミュート」と「モズレー台座」の違いや、「1963年型」や「1966年型」といった事も判らずに、何とも汚い1965年型サンバースト(シリアル番号:1717)モデルと、後の3本はミントコンディションのモズレー台座搭載1966年型モデルを購入した事でした。その時は新品同様の1966年型の方が良いと感じたのですから不思議なものです。

8th_image01.jpg
私が最初に手にしたモズライト1965年型サンバースト(シリアル:1717)

 さて、本国アメリカでは各ギターメーカーがこぞって建国200周年「バイ・センティニアル」モデルを発表していました。あのアコースティックで有名なマーチン社からB.C.リッチ社まで様々な大手ギターメーカーからもこのアニバーサリー・モデルが登場しました。そんな中、モズライトはどうだったか・・・これが今回のお話となります。まずセミー・モズレーはどうしていたか・・・彼は2回目の倒産の後、再び故郷に戻り地元の教会を中心に伝道師としての活動をする日々を送っていました。一時は完全に無くなったかに見えたモズライト・・・そんな所へ、当時カリフォルニア州ハリウッドで「ハリウッド・ミュージックストアー」と言うギター・ショップのオーナーをしていたヒロ三沢氏(プロレスの興行でも有名な人です)を中心に、セミーの元へ日本のモズライト・ファンから再びモズライトを製作してほしい、との連絡が入ったのです。しかし、セミー・モズレー本人にとってはすでに再び会社を起すだけの財力も資材も無くしていました。本当に困っているそんな中、セミーはモズライト3度目の復活を目指して、アリゾナ州でギター製作の学校をやっていたロバート・ベン(ROBERTO VENN)に連絡を取りました。そしてこのロバート・ベンこそが1960年代、そして続く1970年代にモズライトと深く関わった人物なのです。何故かと言いますと、ロバート・ベンは当時「パシフィック・インダストリアル」と言う会社を起こしており、この会社は「各種ギター・パーツのサプライヤー(供給業者)」でした。彼はこの会社のオーナーで、セミーにモズライトの各パーツを供給していました。そんな中、倒産してしまったモズライト社から当時のパーツの売掛代金が回収出来なくなってしまった為、代わりに大量に残ったモズライトのパーツを引き取り、トラック数台分のこれらパーツをアリゾナ州フェニックスにある自分のギタースクールに持ち込んだのです。

 話は長くなりますが・・・1980年代にフィルモアのアメリカにおける窓口(以下:フィルモアUSA)がテキサス州サン・アントニオにあり、当時ここにロバート・ベンの一番弟子であったグレッグ・マクドナルドが住んでいました。このフィルモアUSAに私が出向いた際、彼やロバート・ベンも交えてモズライト談義に花が咲き、参考になる話を聞く事ができました。彼らはとても良い人物でしたが、残念ながらロバート・ベンは今から18年前に亡くなってしまいました。

8th_image02.jpg
ロバート・ベン

 話は1976年に戻りますが、そんな中前述のハリウッド・ミュージックストアーの日本支店である「ミュージックストアー」が東京・文京区の湯島にオープン(店長は森田晃氏)、さらにフィルモアもモズライト・アメリカ建国200周年記念「バイ・センティニアル」モデルを発注しました。当時この建国記念モデルを求めて相当なオーダーが入っており、そのディポジット(手付金)がハリウッド・ミュージックストアーのヒロ三沢氏を介してセミー・モズレーの元へ送られました。もちろんフィルモアも予約を頂いたお客様から予約金を預かっており、中にはすでに代金の全額を送金して頂いた方もいらっしゃいました。ところが、2ヶ月、3ヶ月と待ってもその建国記念モデルが来ないので、いよいよ痺れを切らしたお客様達から直接ミュージックストアーへ抗議の電話が殺到してしまいました。そしてフィルモアにはその年1976年も暮れを迎えようとしていた所にようやくモズライトが届きました。この最初にフィルモアに届いた建国記念モデルはカラーがサンバースト、又はブラックでピックアップが逆についており、裏のプレートも逆向きになっていました。そのギターの仕上がりを見てビックリ、そしてガッカリ・・・そして極めつけは台座部分がモズレー台座で、ブリッジのナットが無く単に潰してあるだけの非常にお粗末なものでした。更に酷い事にリアのピックアップの音が出ないので外してみると、粘土みたいなものが押し込んであり、修理不可と言う燦々たるものでした。この時のモデルのシリアル・ナンバーは22フレットの下三角部分に6mmサイズで刻印されており、両サイドに☆マークがついていて「☆ 1 ☆」のような感じで刻印されていました。

8th_image03.jpg
モズライト「バイ・センティニアル」モデル・シリアル部分 数字の両端に「☆」マークが刻印されていた。

 このように3度目の復活を果たしたモズライトでしたが、この後どの様な「運命」をたどるのか・・・
<次回予告> 混迷を続けるモズライト・・・「ブラスレイル」モデルが登場、等々 次回をお楽しみに♪


③ 「社長の知恵袋」 ~モズライト・オヤジ達に送る青春のラプソディー~
第5回 ☆‘60年代エレキ・バンド来日のお話 第2弾!!! ザ・スプートニクス来日☆


 さて、今回の「知恵袋」は前回から引き続き1960年代の「エレキ・バンド続々来日」の中から、「ザ・スプートニクス」来日時の話をしたいと思います。1965(昭和40)年秋に飛び込んで来たのが「ザ・スプートニクス」来日の情報でした。当時いわゆる「カレリア問題」と言うのが起きていて、何かと言いますとザ・スプートニクスの「霧のカレリア」、そしてザ・フィーネーズの「哀愁のカレリア」があり、どちらが「本物」でどちらが「コピー」か、マスコミを巻き込んで大きく取り上げられ問題になっていました。こんな事が当時真剣に論議されていたのですから、何とも古き良き時代だったわけです。この結果は、フィリップス経由で出たレコードはザ・フィーネーズとなっており、ポリドールから出たレコードはザ・スプートニクス、と言うことになったのですが実は・・・どちらもスプートニクスの演奏だったのです(実は名前は違っていましたが、実際に聴いてみると両曲ともサウンドが酷似していたのですぐに判ることでした)。そしてこの「ザ・スプートニクス」と言うネーミングも実は日本側で勝手な判断により付けられてしまったのです。メンバーが「宇宙服をユニフォーム」にしていた事、そして当時ソ連が打ち上げた人工衛星の名前が「スプートニク」で、そのイメージから勝手に「ザ・スプートニクス」と名づけられてしまったのです。本当は、“THE SPOTNICKS(スポットニックス)”=「スポットライト」の意味なのです。程無くしてスプートニクスのファンクラブが結成され、当時の会長目黒国隆氏のもとポリドールの事務所でスプートニクスをどの様にして来日させるか、についてのミーティングが行われました。1966(昭和41)年2月に「ザ・スプートニクス」来日!何と、来日時のメンバーを見てビックリしたのはドラムスがジミー・ニコルで、彼はビートルズの北欧ツアーでリンゴ・スターの代わりを務めたドラマーでした。

8th_image04.jpg
「ザ・スプートニクス」 メンバー全員がお辞儀をしている。

 そして来日公演初日を迎えます。場所は日比谷公会堂、いきなり迫力のある「スプートニクスのテーマ」、「アマポーラ」と続き、私自身実際にこの目で生のライブが見られる事が夢のような体験だったと今でも思います。

8th_image05.jpg

8th_image06.jpg
「ザ・スプートニクス」来日コンサート時の画像

 スプートニクスはなにしろメンバー全員言葉が通じないのにもかかわらずファンの事を大変に気づかってくれるとても良い人達でした。スプートニクスのメンバー達から来日した際にダンス・パーティー形式のクラブの集いを開いてほしい、と会長のもとに要望があったのですがファンクラブ側は「ファンクラブの為だけのコンサートにして欲しい」と、食い違いがおきてしまいました。が・・・実は「ダンス・パーティー」と称してファンクラブ会員だけのコンサートを新宿の紀伊国屋ホールで企画しました(この時のライブがCDになっています)。その際、スプートニクスのメンバーには「ダンス・パーティーを開催する」と言っていました。果たしてメンバーは紀伊国屋ホールに来てくれるのか、機材は誰が運ぶのか、メンバーの移動は、あのユニフォームは着てくれるのか・・・すでにチケットは全部完売してしまったので「話が違うぞ!」と言う事でクレームになったらどうしようか、等々ファンクラブの関係者は心配し、大変緊張していたのを今でも良く覚えています。ところが、私達の心配をよそにメンバー全員と機材車、そしてあの宇宙服のユニフォームも「完全装備」で会場に来てくれました。何のクレームも一つ無くライブがスタート、目黒会長の緊張した挨拶がこのCDで聞く事ができます。そして無事演奏が終了、ファンクラブの会員達はメンバー全員からサインを貰いました。この事は私の人生の中で最も印象深い出来事の一つとなっております。

8th_image07.jpg
「ザ・スプートニクス」紀伊国屋ホールでのファンクラブの集い時ライブの貴重な画像

8th_image08.jpg

8th_image09.jpg
ファンクラブ会員がメンバーからサインを貰っていました。

 余談ですが私はスプートニクスのサウンドの秘密を解明しようと、相棒の勇川君と機材をチェックしましたが何もみつかりませんでした。後に判るのですが、ボー・ウィンバーグのサウンドの秘密はあのストラト・キャスターの「ハーフトーン」にあったのです。まだまだ色々なエピソードがありますが今回はこのくらいで・・・
今回の「知恵袋」はこの辺で、また次回をお楽しみに!


④ SINCERE MESSAGE from FILLMORE MOSRITE

「モズライト・スーパーノヴァ・オフィシャル・ブログ」第8回、皆様お楽しみ頂けましたでしょうか。
 
 今月は1週お休みを頂きましたが、フィルモア・モズライト・ファンの皆様は素敵な秋を満喫されていますでしょうか。さて、早いもので今年ももう10月に突入です!冒頭のホット・インフォメーションコーナーでもお伝えしましたが10月末に東京・池袋にて開催されます「2008楽器フェスティバル」に今年も参加&出展します。それに向けての準備にスタッフ一同大変忙しい毎日を送っております。イベントでしか味わえない生のパワフル・モズライトを体験出来る絶好の機会ですので是非当日は会場へ足をお運び頂きたいと思います。皆様のお越しをお待ちしております!

 それでは恒例の「レッツゴー締めで」~チャチャッチャチャチャ、チャチャチャチャ レッツゴー!!!また再来週~!

« PREV

NEXT »